大城和恵(国際山岳医)の経歴やプロフィールは?年収や結婚歴も調査

人物
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昨今の登山ブームで、山登りを趣味にする人も多くなりましたね。

必要な装備も簡単にレンタル出来るので、一昔前より登山は敷居が低くなったような気がします。

そんな登山ブームを影で支えるのは国際山岳医の大城和恵さん

日本人初の国際山岳医として現在も活躍されています。

今回は『大城和恵(国際山岳医)の経歴やプロフィールは?年収や結婚歴も調査』と題しましてお送りします。

最後までご覧下さい。

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大城和恵(国際山岳医)の経歴やプロフィールは?

まずは大城和恵さんの経歴やプロフィールを見ていきましょう。

名前:大城 和恵(オオシロ カズエ)
生年月日:1967年
出身:長野県長野市
出身高校:長野県長野高等学校
出身大学:日本大学医学部

大城和恵さんは、長野公庫を卒業後、日本大学医学部へ入学。
大学卒業後は日本大学医学部附属板橋病院に入局しました。

以降は循環器内科医として約10年間勤務。

大城和恵さんは学生や勤務医の頃から登山をしていましたが、当時はまとまった休みに出かけるといった程度。
登山よりもバイクにハマっていたこともあり、年に数回という頻度でした。

しかし、バイクでの行動は『走る』が主な動きになるので、単調さに飽きてしまいます。
バイク旅行中に山に目を向けると、カナディアンロッキーや、エアーズロックなどの魅力的な山を前に、登ってみたい衝動に駆られます。

大城和恵さんが山岳医療を学ぼうと思ったキッカケは30代後半のとき。
ヒマラヤを歩いていたとこと、高山病に苦しむ人との出会いでした。

その人に持っていた水を与えたり、呼吸法を伝えたりと、なんとか下山しましたが、大城和恵さんは自身の知識不足に直面し、山岳医療を学ぼうと考えたそうです。

その後、大城和恵さん自身も様々な山へ挑戦。
1998年にはアフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5895m)に登頂を果たします。

2009年には北海道大野記念病院を退職し、英国国立レスター大学へ留学。
1年の歳月をかけ、UIAA(国際山岳連盟)・ICAR(国際山岳救助協議会)・ISMM(国際登山医学会)認定国際山岳医の資格を取得し、日本人初の国際山岳医となります。

国際山岳医は国際とついているだけあって、世界が認めた山岳医療のスペシャリスト!

国内で国際山岳医に認定されている医師はまだ少数ですが、山で活躍する医師や山岳医を目指す医者が増えているのだとか。

山でなにかあったときに、専門家がいれば、安心出来ますね。

2011年には北海道大野病院復職し、山岳外来開設。
同年5月には北海道警察山岳遭難救助アドバイザー医師に就任しています。

2013年5月には、80歳の三浦雄一郎のエベレスト挑戦プロジェクトにも参加。

2018年には自身でエベレストの登頂に成功しています。

自分で登って経験を付け、アドバイスして、山岳医の専門知識を持っていて・・・。
まさに山のスペシャリスト!

経験からくるアドバイスは、物凄い説得力がありそうですね。

年収や結婚歴も調査

続いては大城和恵さんの年収や結婚歴を調べていきましょう。

北海道大野病院の公式募集ページを見ていると循環器内科の募集を見つけました。

勤務時間は平日:8:45~17:15、土曜:8:45~12:30と記載がありましたが、給与は要相談で詳細分からず。

次にDr.転職を調べてみると放射線科の募集で1,200万円〜2,000万円の記述を発見。
また、循環器内科医の平均年収を見てみると1,400万円〜2,000万円がボリュームゾーンになります。

大城和恵さんは循環器内科だけではなく、内科・登山外来で勤務。
更には北海道警察山岳遭難救助隊のアドバイザーも務めていることを考えると2,000万円以上はあると予想出来ます。

結婚歴も調べたところ、夫や子供がいるという情報は見つかりませんでした。
プライベートな内容なので伏せているのか、はたまた、目まぐるしい生活で仕事に没頭しているのかもしれませんね。

この辺りはなにか情報があり次第、追記していきます。

さいごに

いかがでしたでしょうか?

大城和恵(国際山岳医)の経歴やプロフィールは?年収や結婚歴も調査と題してお送りしました。

大城和恵さんは長野県出身で、日本大学医学部を卒業。
日本人初の国際山岳医として現在も医師として活動を続けています。

年収は推定2,000万円以上。
結婚歴は情報を探しましたが見つからず、不明となります。

今後も国際山岳医として活躍して欲しいですね。

最後までご覧いただきまして、有り難うございます。

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